第2日目
浦和宿→大宮→上尾→桶川→鴻巣

月 日; 2009年8月18日(火)、天気;
区 間; 浦和〜鴻巣・23.8km(残り;486.0km)
時 間; 7時間0分
費 円; 4,620円
(内訳)自宅ーJR浦和駅570円、マックソーセージセット380円、コーラ150円、プラム(5個入り)200円、
万歩計980円、コーラ150円、豚メシセット580円(松屋)、JR鴻巣=自宅1010円、飲み物600円(@150x4)
歩 数; 38,700歩(一部推定)

06:56

平日のこの時間、京王線・新宿駅行き(上り)はすでにものすごい混雑。
こんな混雑する通勤電車に「街道歩きのユニホーム」で乗車するのが、何だか申し訳ない。恥ずかしい。
困った!家を出るときに間違いなく腰に装着したはずの万歩計がない。満員電車の中で落としたらしい。

08:10

浦和駅(京浜東北線)
東京からは下りなのに、通勤客でこの電車もラッシュ状態だった。

08:20

浦和西口交差点(17号線)
第1日目の終着点、今日の出発点。
今日も暑くなりそうだ。ここは浦和レッズの本拠地。街中にはやたら「赤」が目立つ。
交差点の角にある「マクドナルド」で朝食セットを食べる。夏の街道歩きにはマックが一番!ウマーイ!

<JR浦和駅西口交差点>
08:40 歩き始め、ファイトッ!
08:50 浦和宿、二七市場跡
 

4景 英泉

支蘓路ノ驛 浦和宿 浅間山遠望
浦和宿で開かれる市には、遠く小田原あたりからも人びとが訪れて賑わったといわれる。馬に積まれた荷は、市で買い付けた品物であろうか。馬の糞を子どもがかき集め、遠く浅間山が煙をたなびかせている。この街道を、菅笠に半合羽、帯刀の武士と、上着を脱いで天秤に掛け、両掛け荷物を担ぐ男が大宮宿に向かって街道を行く。約12キロ先の活火山、浅間山の噴煙が見える。

◎浦和宿 埼玉県さいたま市
蕨宿から浦和宿までは約5・5キロ、現在の北浦和駅の南側あたりである。浦和宿は幕府直轄(天領)であった。天保14年の人口は1230人、総戸数273軒、本陣1軒、脇本陣3軒、旅籠15軒、問屋場1軒、高札場1軒、自身番1軒であった。浦和宿は2と7の付く日に市が開かれ「六斎市」と呼ばれ賑わっていた。蕨よりにある調(=つき)神社はその昔、年貢を集積した場所といわれる。

浦和の市場は戦国時代に開設されたものと考えられ、天正18年(1590)には豊臣秀吉の家臣である浅野長吉から喧嘩口論などを禁じた「禁制」が浦和市に対して出されています。浦和市は月6回開かれる・・・・・・・・・・以下省略
<浦和宿 二・七市場跡>
09:00

JR東北線陸橋
遠くに大宮のビル街が見え始める。
今日から衆議院選挙運動が始まった。今度の選挙では自民党は負ける・・・・らしい。

09:10

JR北浦和駅
まだ商店街が続く。

09:15

廓信寺
ここがサツマイモの女王・紅赤の発祥地だそうだ。

ここが赤いサツマイモ・紅赤の発祥地 何処にも杉の木は見当たらない
09:30 一本杉
09:33

JR与野駅前
この付近から歩道がやたら広くなる。

09:47

さいたま新都心駅
えらく近代的な町の中心地を中山道が突っ切っている。

09:55

氷川神社(下の写真)常夜灯
武蔵国一宮

<武蔵国一宮 とても大きな神社>
10:10 JR大宮駅前ロータリー
 
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    5景 英泉
 
『木曾街道 大宮宿 冨士遠景』
                天保6- 8年(1835-1837年)、渓斎英泉
 水ぬるみ、田畑は地色を覗かせ、桜が花をつける早春の郷(さと)。左手には、青面金剛像の彫られた庚申塔と近在の農民の暮らしが描かれる。木鍬(き-ぐわ)を携えて道を行く年老いた農夫と、大きな竹籠を背に付き従って歩く孫であろう幼子である。右手には大宮宿を後にしてなだらかに続く土手を上方(京)へと向かう旅人の様子が描かれている。商いの旅などであれば頓着の無いことが多いようではあるが、土手の上にまで幾人も見られる旅人の往く手には丹沢山地と富士の眺望がひらけている。この風景は、現在、針ヶ谷の大橋陸橋交差点の小堂に納められている庚申塔(#東大成の庚申塔)あたりの、かつての様子である。もっとも、土手と田畑の高低差は実際これほどではなく、誇張して描かれている。大宮宿(おおみや-しゅく)は、日本の近世にあたる江戸時代に整備され、栄えていた宿場町。 中山道六十九次(または木曾街道六十九次)のうち江戸・日本橋から数えて4番目の宿場(武蔵国のうち、第4の宿[2])。

    ◎大宮宿 埼玉県さいたま市
 浦和宿から大宮宿までは約5キロ。天保14年の人口は1508人、総戸数319軒、本陣1軒、脇本陣9軒、問屋場4軒、旅籠25軒、紀州鷹場本陣1軒であった。大宮は氷川神社の門前町として発展し、また、毎月5と10の日に市が立ち賑わった。6町からなり、脇本陣9軒は木曽街道で最も多かった。近代都市に変貌した現在の大宮から想像できない寒村であった。

11:10

JR宮原駅入り口
暑くなってきた。

11:15

加茂神社(宮原町)
暑い、やたら喉が渇く。ファイトーッ!

11:40

大きなドラッグ・ストアーで万歩計を買う。

11:42 南方神社
11:50

上尾市境
暑い、とても暑い。冷えたコーラが実に美味い!ファイトーッ!

12:05 愛宕神社
<愛宕神社> <氷川鍬神社>
12:15 氷川鍬神社(上尾宿)
 
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    6景 英泉
 
『木曾街道 上尾宿 加茂之社』
                 天保6- 8年(1835-1837年)、渓斎英泉
 描かれたのは、実りの季節を迎えた神域と農民の働きぶり、そして旅路である。上尾宿と江戸方に一つ手前の宿場である大宮宿との間に位置する加茂神社(参照:#)と加茂宮村が舞台に選ばれた。秋祭りが近いであろう社には何本もの加茂大明神の奉納幟がはためいている。その中の一部に絵の版元「いせり(伊勢利)[2]」の宣伝が見えるのは、絵師一流の洒落っ気である。社の前では男2人女2人の農民が唐箕[3]を使って籾(もみ)の精選に励んでいる。その奥には立場茶屋(#天神橋の立場)があり、今しがた茶屋を発った侍と供の2人連れ、一服しようと立ち寄る商人1人が見える。もっとも、実際の立場は、近くはあっても神社と隣接していたわけではなかった。また、街道筋の境内前に出張って唐箕を使うなど、ずいぶんおかしな光景には違いない。つまり、絵師は3つの画題を一画面に詰め込んだのであり、絵画的工夫の結果としてこの図がある。

    ◎上尾宿 埼玉県上尾市
 大宮宿から上尾宿までは約7・9キロ。幕府直轄領(天領)で、天保14年の人口は793人、総戸数182軒、本陣1軒、脇本陣3軒、問屋場1軒、高札場1軒、旅籠41軒であった。小さめの宿場町だが、本陣の規模はこの先の塩尻宿に次ぐ大きさである。日本橋7つ立ち(早朝4時出発)して、最初に宿泊するのがこの宿場になることが多く、周辺の宿場に比べ旅籠が多い。

12:18 上尾駅前
12:40

北上尾駅
「松屋」で豚メシセットを喰う、ウメーッ!
暑い。氷水を立続けに飲む。

13:15 桶川市に入る
13:25 古い、江戸時代から続く武村旅館(桶川駅近く)
中山道で昔から続く「武村旅館」
13:35 桶川宿(中心)
 
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    7景 英泉
 『岐阻街道 桶川宿 曠原之景』
               天保6- 8年(1835-1837年)、渓斎英泉
 簡素な家の庭先で麦の穂をこぐ農婦に、旅人が氷川天満神社(加納天神)への道を尋ねている。桶川宿の北に広がる湿潤な昿原(こうげん)に暮らす庶民を描いた一図である。桶川宿の北の昿原(こうげん)を描いている。

    ◎桶川宿 埼玉県桶川市
 上尾宿から桶川宿までは約3・7キロ。天保14年の人口は1444人、総戸数347軒、本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠36軒であった。桶川宿は江戸から約40・8キロの地点であり、参勤交代の大名はここで一泊し、板橋宿で衣服を改め日本橋へ向かった。当時の旅は1日約40キロ、上尾宿とともに最初に宿を求める場として絶好の位置である。宿場女郎屋が20数軒あった。

13:40 木戸址
imeges
<桶川宿> <桶川の木戸址> 根性ユリ(?)
アスファルトの割れ目に花を咲かせている
14:45 北本駅前
14:50 東間浅間神社
<東間浅間神社> サルスベリが夏の暑さを演出する
15:30

鴻巣宿
この付近、「人形店」と「うどん屋」がやたら目に付く。

 
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    8景 英泉
 『岐岨街道 鴻巣 吹上冨士遠望』
              天保6- 8年(1835-1837年)、渓斎英泉
 人家が途絶えた寂しい道は鴻巣宿近辺ではなく、さらに先、間の宿がある吹上辺りの風景である。旅路の目印となる榎が疎らに植えられた昿原(こうげん)の縄手[2]を旅の商人や虚無僧が往き交い、背景では雪を頂く富士の山が雄大な姿を現している

    ◎鴻巣宿 埼玉県鴻巣市
 桶川宿から鴻巣宿までは約7・2キロ。天保14年の人口は2274人、総戸数566軒、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠58軒であった。明和4(1767)年の大火の後、幕府から1625両を借り入れ復興をはかった。文政元(1818)年には旅籠屋66軒、遊女屋10数軒があった。松平総守10万石の城下町から2人の道程。図の吹上村は間の宿(宿場間に発展した休憩用宿場)である。

<鴻巣宿> <追分>
15:40

鴻巣駅前入り口交差点
今日はここまでとする。
交差点から駅までは約200m
駅のトイレで上着だけを取り替える。

15:55 鴻巣駅発
18:30 自宅着
思ったより早く帰宅できた。
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