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【例幣使街道】

 「例幣使」とは、朝廷がつかわした、伊勢神宮の神前に捧げ物をもっていく使者のことである。江戸時代朝廷は、徳川家康の法要のため日光東照宮にも同じように勅使を派遣した。恒例となったこの派遣のため、京から中山道を通り、倉賀野宿より日光に至るまでの道を整備した。復路は日光道から江戸に入り、東海道を使って帰京した。春の東照宮例祭に合わせ、勅使が通る道のことを「日光例幣使道」とよんだ。
なお、例幣使は京を4月1日に出発、15日に日光に到着した。1647年から1867年の221年間、一度も中断することがなかった。

reiheisi

第2日目
境宿→太田→木崎宿→八木宿=20.3km

月 日; 2012年4月22日(
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区 間; 境町=八木
時 間; 7時間45分、20.3km
費 円; 合計;6,070円
【内訳】ホテル代6,300円(パールホテル太田)、交通費110円、醤油ラーメン+餃子セット1,000円、天ぷら蕎麦を食べる。1,200円、CDを2枚購入、1000円/2枚、特急券 1,000円、 乗車券1,130円、

歩 数;

34,293歩、20.3km


07:18 太田駅発
今日はどんより曇っている。
午後からは雨が降る予報。
気温10℃
太田駅から東武伊勢崎線で4駅の「堺町駅」へと向かう。
07:35 東武伊勢崎線・境町駅
駅から50m程に「例幣使街道」が延びている
 
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<東武伊勢崎線・境町駅>

<境町駅入口交差点・例幣使街道>
日曜日のこの時間、誰も歩いていない
07:40 境町駅入口交差点「例幣使街道」
前回の終点
すぐ近くに黒塗りの古い家がある。昔はたいそうな屋敷だったに違いない。
隣りにはガストがある。
07:50 「ここより例幣使道境宿」の指導標
07:55 福島家文書
 
福島 ふくしま
<福島家文書> <福島家>
07:57 境東交差点
 
古い民家
<所々で古い民家を見かける>
08:13 女塚(法楽寺)
しだれ桜の下に道祖神
すぐに踏切
 
女塚
<枝垂桜が美しい>
08:20 三ツ木橋西交差点
ここより312号線
この付近は新しい住宅街、昔の風情が全く感じない。
  早川(三ツ木橋)
すぐ近くにゴルフ練習場
川岸に菜の花が美しい
上武道路と交差する
 
早川 菜の花

早川;
清流で、川岸にはナノハナとダイコンソウが最盛期。春真っ盛り。

大根
08:37 17号線の下
ここから太田市に入る
08:40 小角田交差点
この付近、開発が進み詳細な地図が無いと昔道をたどることは絶対に不可能。
昔の面影は全くない。
08:50 新田中江田町交差点
ここまでは旧道がとても判りにくかった。
ここからは再び312号を進む
08:55 村社 矢挟神社
道路から200m奥にある
 
矢来神社
【村社 矢挟神社】
09:00

来迎寺 仏頭
「一隅を照らす」

 
来迎寺 来迎寺
太田市指定重要文化財
    【来迎寺の仏頭】
 安養山来迎寺(天台宗)は、以前は南方八百mのところにあったが、明治元年(1868)火災にあい、その後ここに移転した。
 仏像は、その火災で本体を焼失したが、ときの住職が「仏頭」だけを火中より引き抜き難を逃れたといわれtる。
 仏頭は残存六十三cmで、ヒノキ材の寄木造りである。阿弥陀如来像の頭部で、彫眼は金泥を塗り、螺髪は群青彩で仕上げている。
創作の由緒は不明であるが、繊細な技法により、美しく整った理知的な顔から、来迎寺創建当時(鎌倉時代末期)の作と推定される。
  平成18年(2006)3月
        太田市教育委員会

     【阿弥陀堂由来記】
 このお堂の仏さまは、当地の左官職石川光宏氏が来迎寺に伝わる仏頭をもとに平成元年に制作して寄進されたものです。
 また、お堂は、石川建設の創設者石川末吉氏の供養のため後継者が建立して寄進されました。ここに鎌倉期来迎寺創建の金色に輝く阿弥陀様のお姿を拝せるようになりました。
 合唱
09:20 医王寺
新田の名木「いちょう」
 
一隅を照らす 医王寺

【新田の名木(銀杏)】
    樹木名 銀杏(いちょう)
    所在地 医王寺境内
    樹齢 約2〜300年
    目通り (幹周り)3・6メートル(12尺)雌木
    目通り(2・9メートル(9・6尺)雄木
    樹高 20メートル

 この2本の銀杏は、当寺の本堂前の参道に、同時期に植樹されたと思われる。木崎宿が盛んな頃は、眼病を治す薬師様として知られ、近郷から参詣者が訪れ、縁日には、出店が並んだ。
 当寺は、薬師如来を祀り、康平4年(1061)に恵心僧都の高弟源意法院が草創と伝う。応永(1394)、文明(1469)に兵火に罹り、また木崎宿の移転で、現地に移った。
 明治31年の寺の子文書に、「銀杏目通り壱丈壱尺廻り壱本」「銀杏目通り7尺廻り壱本」と誌されている。境内にはその他、樫の大木(目通り7尺廻り)6本、杉32本があり、鬱蒼として、蝙蝠が飛び廻っていたといわれる。
 第二次世界大戦後、伐採され銀杏のみが残った。平成15年危険防止のため、銀杏の大枝を伐りおろした。
  平成17年3月
    新田町観光協会

【新田の名木】
    樹木名 糸檜葉(いとひば)
    所在地 来迎寺境内
    樹齢  約2〜300年
    目通り (幹周り)2・2メートル(7・3尺)
    樹高  12メートル

この糸檜葉は来迎寺本堂が、この地に移される前に、来迎寺の寺中である輪光寺の頃より、その境内に凛として、そびえ続けてきている。
昭和40年頃の台風で、南東風にあおられ、幹がやや傾いた。それまでは、木や枝が伸びるにまかせ、鬱蒼として繁茂していた。昭和50年ごろから、木の先を詰めたり、枝を降ろしたりして、樹景をととのえ、3年に1度、整枝を庭師に依頼してきている。
赤檜葉はサワラの一変種で、枝は細く、長く垂れ下がり、葉は小形、鱗片状でとがり、まばらにつく。庭木・生垣用。比翼檜葉(ひよくひば)ともよばれる。
  平成18年3月
    太田市観光協会

09:30 新田木崎町交差点
木崎宿
立派な石塔
 
木崎宿
09:35 貴先神社
 
貴先神社
【木崎】
09:40 長命寺
「色地蔵・・・・」何だか、色っぽいなぁー
 
色地蔵
             飯盛り女が信仰した【木崎宿色地蔵】
指定 平成12年4月6日
所在地 新田町木崎1063−1
 「木崎下町の三方の辻に、お立ちなされし石地蔵様は、
   男通ればニコニコ笑い、女通れば石持て投げる、
   これがヤー本当の、色地蔵様だがヤー」
 木崎宿音頭の歌詞は数種類ありますが、末尾には必ずこの部分が付いています。この1節に唄われている色地蔵様がこの石地蔵尊です。石地蔵尊は高さ73センチメートルで、頭部は破損しています。台座には銘文があります。この銘文から、風邪のはやる季節に亡くなった子供達の霊をなぐさめ、子供たちの成育を祈願して建立した「子育地蔵」であったことがわかります。ところが、江戸時代の木崎宿には飯盛り女がたくさんいて、彼女達は前借制年季奉公で遠出が制限されていたため、宿端ずれの本地蔵様に参詣して心の安らぎを得たのです。こうして数多くの色街の女(飯盛女)が訪れたことから、何時の間にか「色地蔵様」と呼ばれるようになり、木崎音頭にも唄われるようになったのです。
    平成13年3月
        印田町教育委員会
09:45 上州・木崎宿の石碑
10:00 弁天沼川
10:04 常楽寺
境内は花が咲いている。
東国花百ヶ寺
10:25 宝町交差点
10:37 赤石酒店
群馬「泉」の酒樽
昔は大層大きな店だったに違いない。
 
群馬ー泉
【赤石酒店】
10:40  醸造元
10:42 正英山威光寺
 
長命寺
新田義貞公ゆかりの地 
太平記の里
       【威光寺】
威光寺は、元徳2年(1330)6月1日、新田義興公の開基、吽海法印の開山した寺院で古くは正永山醫光寺と称した。
応永年間(1394〜1427)、
11:05 藤阿久の交差点
11:07 蛇川(1級河川)
11:15 国道2号と合流
ここから古河街道となる
11:25 旧日光例幣使街道の大きな石碑がドデーンと置いてある。
便所の前
 
石碑
【旧日光例幣使街道の石碑】
11:35 東本町十字路
ここで左折する。右に150m程で太田駅
11:50 熊野町交差点
角にあるラーメン専門店に入る。極だれ醤油ラーメン+餃子セット1,000円を注文する。
ウマい!サイコーッ!街道歩きには「ラーメン+ライス+餃子のセット」、これに限るのだ!
ボリュウムがある。普段ではとても食べきれないが、ここではもちろん完食(かんしょく)!
グルメで美食家のうちのカミさんにも是非食べさせたーい!
 
ラーメンセット
<ラーメン餃子+ご飯のセット>
12:15 再び歩き始める。足の指が痛い。
雲行きがあやしい。
12:35 神明宮
霧雨が降りだした。
 
神明宮
【神明宮】
12:40 東長岡交差点
12:42 賀茂神社
「鳥居のない神社」と書いてある。なんだこれ・・・・?
 
鳥居の無い神社
【鳥居のない神社】・・・・なに?
12:50 石原東交差点
13:05 矢場交差点
小雨が続く
13:15 ここから栃木県
足利市に入る
13:25 観音堂
木製の指標
「西 上野国 倉賀野 11里18丁
 東 下野国 日光まで20里6丁」と書いてある
 
観音堂
【観音堂の指標】
13:35 堀込薬師
13:52 八坂神社
13:55 龍善寺
「ようこそ八木節のふるさとへ」の看板
 
八木宿
<八木節発祥の地>
14:00 八木宿本陣跡
現在は「テラヤマスポーツ」店となっている
八木宿「荒川屋」で天ぷら蕎麦を食べる。1,200円
ウマい、とても美味い。例幣使街道歩きはなんたって「蕎麦」に限るのだ!
グルメで美食家のウチのカミさんにも食べさせたいな、この「天ぷら蕎麦」
隣りにある「観光会館」で本場の八木節を聞かせて貰う。ここがあの「八木節」の本場とは知らなかった。
『正調・八木節』なるCDを2枚購入、1000円/2枚
 
八木宿
<八木宿本陣址>
15:20 村社 母衣輪神社
 
moi-jinja     【母衣輪神社の イチョウ 1本】
 太さ目通り(胸高直径)4・2m、高さ13m。地上5m以上で4本に分かれほぼ直上、枝張りは東及び北に各々7m、西及び南に4〜5mで、遠方から見るとホウキを逆さに立てたような樹形である。
 南西側根もとに、近辺の火災(文政2年)による焼損跡があるが、地上3m以上は樹皮も回復し樹勢さかんである。
 樹齢は推定200年ないし300年である。なお生長し続けているものと考えられ、長く保存したい。
  平成7年3月17日 指定
    足利市教育委員会

【母衣輪神社】
15:25 福居駅入口
15:27

福居駅発⇒東京
特急券 1,000円、 乗車券1130円

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