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【例幣使街道】

 「例幣使」とは、朝廷がつかわした、伊勢神宮の神前に捧げ物をもっていく使者のことである。江戸時代朝廷は、徳川家康の法要のため日光東照宮にも同じように勅使を派遣した。恒例となったこの派遣のため、京から中山道を通り、倉賀野宿より日光に至るまでの道を整備した。復路は日光道から江戸に入り、東海道を使って帰京した。春の東照宮例祭に合わせ、勅使が通る道のことを「日光例幣使道」とよんだ。
なお、例幣使は京を4月1日に出発、15日に日光に到着した。1647年から1867年の221年間、一度も中断することがなかった。

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第3日目
福居→梁田町→寺岡町→佐野→岩舟 21.3km

月 日;

2012年5月24日(木)、晴れ

変なおじさん
区 間; 福居駅=岩舟駅、,約21.3km(残り52.9km)
時 間; 6時間35分
費 円;

合計;11,830円
交通費(喜多見=福居)2,100円、朝食 470円(ビッグマックセット)、ラーメン(昼食)850円、飲み物750円、ホテル代 6,500円、 夕食 610円
夜食 550円

歩 数;

41,750歩、21.3km

06:11 自宅出発
06:49 喜多見駅
07:52 北千住発 東武伊勢崎線 館林駅行き 
小田急が遅れ、予定していた特急に乗れない。
09:03 館林駅
09:39 館林駅発
ちょうど今は麦秋の季節、刈入れ直前の麦が実っている。
09:50

福居駅

 
福居駅 東武伊勢崎線福居駅
09:55 「福居町交差点」例幣使街道(前回の終点)
ここから歩き始める。ファイトーッ!少々暑い。
10:00 直ぐに東武線の踏切がある。
周辺にはジャガイモの紫色の花が咲き乱れている。
 
じゃがいも ジャガイモの花 ワルナスビ
<ジャガイモ畑とジャガイモの花> <ワルナスビの花>
 

 この付近、一面のジャガイモ畑が広がっている。

 云うまでもなく、「ジャガイモ」は人間社会の為にその身をささげ、貴重で、大事な、実にけなげな根菜類である。全世界でその身を粉にして人間社会に貢献している、食物界のスーパースターである。

 そして右が「ワルナスビ」の花。
都会の雑草地や河川敷で見るこの「ワルナスビ」はジャガイモの花にそっくりだ(=上の写真・右端)
 この「ワルナスビ」は樹木の間にはびこる、近隣との融和とか社会奉仕等には最初から無関心、専ら他の樹木に居候して、棘を備え隣人とは敵対関係となり、何ら人間社会に役に立たない、邪魔な存在、典型的な雑草だ!ワルだ!と、あの植物学者の牧野富太郎博士も断定している。

 ジャガイモは「このワルナスビに本当に困っています、実に迷惑を受けています」!って怒っている・・・・ と、聞いたような気がする。

10:15

麦畑が美しい。

 
麦畑 今が麦秋の季節

10:17

庚申塚がある(=下の写真)。何だか、ジャマだなぁ。
ーん・・・・もう、仕方ないな、置いといてやるかって感じ。
 
庚申塚
10:20 上渋垂町交差点
10:30 梁田(やなだ)町交差点
10:40

三霊神の石碑

 
石碑
10:50 崇聖寺
11:00 簗田町東交差点
ここから古河の地図へ
11:08

川崎橋南交差点
渡良瀬川に架かる川崎橋

 
きゃべつ
<見事な虫食いキャベツ。この類いの野菜こそ都会人は食べたいのだ!・・・・でも、これって市場には絶対に出せないな、きっと?>
11:25 川崎町交差点
曇り空、暑い。ここで右折する。
12:13

出流川
ここまで、特に見るべき風景が何も無い。暑いょー、人殺しー
橋の上から川に飛び込みたい。川面までは約10m。川は浅いから、さぞや痛いだろうなぁー

 
出流川
<河川敷のゴルフ場がある>
12:30

寺岡山
元三大師、何これ?

 
例幣使道

HPによれば「元三大師」とは

 元三大師は「おみくじ」の創始者である。仏教各宗はもとより、神社にまでも行なわれているが、これを知る人は少ない。元三大師を信仰するものは、僧にあってはその寺院は必ず興隆するし、一般にあっては無事であり、息災であり、家運は永続する。信仰が薄れたり、信仰を他に移したときは必ず変化がある。歴史がこれを伝え、事実がこれを証明している。不思議である。元三大師を信仰するものは一攫千金を夢見たり、派手な結果を望んではいけない。地味に平穏と無事を祈り、正しい望みを希うときのみそのご利益がある。元三大師は全く不思議な方である。


道路、右側に「元三大師」がある。
取り敢えず拝んでおこう。宝くじに当たりますように。
きっと良いことがあるはずだ。
12:40 寺岡町交差点
ここで右折、67号線へ合流。
蒸し暑い。ここでラーメンを食う。うまーい!
 
道祖神 庚申塚
足利市重要文化財(考古資料)
    日光例幣使(街)道道標 2基
 左側の道標は安山岩製の四角柱型で高さ90cm、幅36cm、奥行38cmをはかる。造立時には上部に尊像様のものがあったと考えられる。正面に「佐野道」右側面に「足利道」左側面に「太田道」裏面に「元文5庚申11月24日 下野国足利郡寺岡村宿」の銘が刻まれている。
 右側の道標は安山岩製の四角柱型高さ42cm、幅30・5cm、奥行き30.5cmである。塔身には正面に「日光道」「道祖神」「佐野道」、左側面に「江戸道」「館林道」「○主 山本兵蔵」、右側面に「善光寺道」「太田道」「足利道」、裏面に「寛政3辛亥年○月吉日」、また各面には「東」「西」「南」「北」の銘が刻まれている。
 日光例幣使(街)道に関する市内の近世の資料は少なく近世の宿駅、交通路を伝えるものとして貴重である。
      昭和55年1月22日 指定
              足利市教育委員会
13:10

両社神社

 
両社神社
13:20 旗川
13:50 大橋町交差点
暑いょー、助けてー、人殺しー
13:55

秋山川

14:00 新井屋の味噌まんじゅうが売っている。ウマソー
3軒の黒い旧家。
星宮神社参道
 
古い民家 ふるいみんか
<他にも、この付近には古い民家を多く見る>
14:07 佐野駅入り口
14:20 大雲寺(浄土宗)
10人ほどの高年齢の方々(ほとんどが女性)が「声明」を詠いながらゆったり手足を動かしている。
見ようによっては、集団催眠か何かに取り付かれた集団って見えないこともない。(=関係者の皆様、ごめんなさい)
こんな真昼間、皆さん、何やってんですか?それは「舞」なんですか?見学したくなる。
14:30 浅沼町交差点
14:45 堀入町交差点
ここで右折する
14:47 台元寺
建物は新しいが江戸時代から続く伝統あるお寺らしい。
15:07 米山古墳
「真田父子大伏の別れ」の現場
 
犬伏堂
     「真田父子 犬伏の別れ」の地
 慶長5年(1600)、天下分け目の関ヶ原の合戦を目前に控えた7月21日、徳川家康について会津の上杉家討伐に向かった真田昌幸、信幸(信之)、信繁(幸村)父子は下野国犬伏(現在の佐野市)に到着しました。そこで陣を張っていた父子のもとに石田三成から密書が届き、豊臣方に味方するよう書かれていました。この賞状を受けて父子3人で話し合い、どちらが勝っても真田の家が残るよう、信幸が徳川方、昌幸と信繁が豊臣方に分かれて戦うことを決断したとされています。
 その話し合いの場がこの薬師堂であったといわれており、すぐそばを流れていた川に架かっていた橋は、真田父子の別れ橋としてこの地に語り継がれています。
     平成23年9月 犬伏新町町会
犬伏の別れ
<左から真田信幸(後の信之)、信繁(後の幸村)そして父の昌幸>
15:27 JR両毛線の踏み切り通過
15:40 かたくりの里
15:50 追分
右 日光道
左 い里***(読めない)
 
追分堂 追分
<道路脇に祠があり、その中に石仏がおわします>
15:55 慈覚大師
誕生の郷
16:30 JR岩舟駅入り口
疲労感が強い、今日の前進はここまでとする。
16:47 岩舟駅発 
取りあえずJR両毛線に乗る。
 
岩舟城
確かに「岩舟城」って書いてあるけど・・・・屋根瓦が落ちている。これって本物の城・・・・かな?
17:00 JR足利駅
駅から少し離れた「ルートイン」にチェックインする。
早速、足の豆の治療をする。イタイ、とても痛い!
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