【甲州街道】

甲州街道(江戸時代は「甲州道中」と呼ばれていた)は徳川家康が制定した五街道(東海道、中山道、甲州道中、奥州道中、日光道中)の中でも地味な存在であるが、小仏峠・笹子峠を越え、韮崎の七里岩絶壁を遠望し、造り酒屋を堪能し、諏訪湖を眺めて中山道の下諏訪宿へ55里211.3km四十四次の道中。 3軒の本陣建物が残っており、遺跡・遺構も結構多い。景色の良さも見逃せない街道である。

「街道ウォーカー」(=右のイラスト)と一緒に歩いてみませんか。

第1日目
日本橋〜四谷〜内藤新宿〜高井戸〜布田〜石原〜府中 (→自宅)

月 日; 2009年11月7日(土)、晴れ
区 間; 日本橋ー内藤新宿ー府中
時 間; 8時間25分
費 用; 2,061円

(内訳)交通費450円(自宅=日本橋)、朝食521円(カロリーメイト他)、昼食800円(ラーメン)、飲み物120円、
交通費170円(府中=自宅)

歩 数; 46,482歩、30.6km

08:20 日本橋(下の写真;左) 
予定していた出発時間より20分遅れての旅立ちになった。
東海道、中山道に続いて3回目の日本橋からの出発。今日の日本橋には土曜日と時間が早いせいか、前回の出発時のような人の賑わいはない。
最初の東海道出発時のような緊張感とか興奮がわいてこない。ファイトーッ!
08:37 「名水白木屋の井戸」跡(下の写真;右)
   <日本国元標の日本橋>
    道の起点としての日本橋

中央区日本橋1丁目
 日本橋は古来街道の起点として広く親しまれ現在も交通の要衝として知られている。慶長8年に日本橋が架設されて以来、火災などによって改築すること19回を経て、明治44年3月石橋の名橋として現在の橋に生まれ変わった。また日本橋から銀座にかけての中央通り一帯は近代的な町並みで日本経済の中心地として今なお活況を呈している。

 <白木屋名水の跡>
元の白木屋デパートがあった正面

 「江戸っ子漱石はロンドンを舞台にした作品にも、日本橋を挙げたほどだ。青春小説「三四郎」、倫理探求の名作「こころ」にはここの路地の寄席や料理屋が描かれている・・・・云々」
   平成17年6月吉日
   早稲田大学第14代総長
       奥島孝康

08:50 大手門。角にあるパレスホテルは現在建て替え中。
ここで甲州街道は直角に左折、日比谷方面へと向かう。
大勢の人々が皇居の周囲をランニングしている。
こんなビル群の中、一人で街道を歩くのは何だか恥ずかしい。 皇居の周りを多くの人がランニングしている。
09:10 祝田橋
日比谷公園の入り口付近に咲いているコスモスが、この日ちょうど満開だった。
09:15 桜田門 
目の前に警視庁がある。
  <加藤清正邸跡>
すぐ下を首都高速道路が走っている
     <最高裁判所・(渡辺崋山の生誕地)>
このモニュメントの裏に日本電報通信社(下の解説)のレリーフがある。
 「広告が我が国の平和産業と産業文化の発展に貢献した事績は極めて大きい。わが社は昭和25年7月1日その創立50年を自祝し過去半世紀を回顧してこれを記念するに当たり、平和を象徴する広告記念像を建設して東京都民に贈り,広告先覚者の芳名を記録してその功労を永久に偲ぶこととした。」
                   西暦1950年 日本電報通信社
09:35 国立劇場
09:37 半蔵門
直角に左折。ここから江戸城を背中にして新宿方面へと歩き出す。
朝食;(チューブ入り携帯食、カロリーメイト、ヨーグルト)現代の街道歩きに最も適した食事(?)といえる、かな。
09:55 JR四ッ谷駅前、上智大学前
10:00 四谷見附交差点
10:12 四谷3丁目交差点
交差点の角に「消防博物館」がある。
10:25 四谷4丁目交差点
ここから20号線はトンネルに入る。上が新宿御苑、この付近に、甲州街道第1の宿場「内藤新宿」があった。
すぐ近くに「四谷大木戸跡」がある。
10:40 新宿3丁目
青梅と甲州街道の追分
ここで左折して50m程で20号線と合流、そこで右折する。車の往来が激しい。
10:50 新宿駅南口(下の写真;左)
JR新宿駅南口。今日も人通りが多い> <箒銀杏>
11:00 箒銀杏(上の写真;右)
遠くから見ると、箒を逆さにした様に、この銀杏が見えるらしいが、すぐ前には車の往来が激しい甲州街道と、ビル群に囲まれ、遠くからこの銀杏の樹をゆっくり鑑賞する場所が見当たらない。
11:07 西山道口
この付近が渋谷と新宿との区境。
11:10 山手通りを通過する
11:15 京王線初台駅
11:27 子育て地蔵尊 
ビルの一角、鍵のかかった厳重な囲いの中に鎮座させられている。
 【子育て地蔵尊】
 
地蔵信仰は古くから行われていますが、地蔵は苦難のときに身代わりに現れるとか、冥界と現実界との境にあって死後救ってくれるとか、子供の安全を守ってくれるとか、いろいろと考えられていました。
 
この地蔵は「子育て地蔵」と呼ばれており、この辺りの低地は昔から地蔵窪と言っています。
 
この地蔵は江戸時代の貞享3年(1686)の造立で、もとはすぐ前にお堂がありましたが、甲州街道の道幅を広げるとき、ここにあった大ケヤキのあとに移され、大勢の人々の浄財によって立派なお堂が作られました。                              

     渋谷区教育委員会

11:33 京王線・幡ヶ谷駅入り口
11:40 道供養碑
 【道供養碑】
 「橋供養」などと同じように、道路自体を供養して報恩感謝の念を捧げることにより、交通安全を祈ろうとする全国でも珍しい供養碑です。
11:44 笹塚交差点
11:47 京王線・笹塚駅前
11:55 大原交差点(環状7号線との交差)
12:00 玉川上水の由来、「こんな所に?」って思うような場所に江戸時代の上水道が残っている。
【玉川上水の由来】
 
今から、300年以上昔、徳川4代将軍は、江戸の水不足を補うために多摩川から水を引くことを計画した。そこで、松平伊豆守信輝の家臣安松金衛門の技術指導を受けた玉川兄弟によって、羽村から四谷大木戸まで武蔵野が堀り割られ、江戸八百八町に水を供給する水路が築造されました。これが玉川上水です。防水用水としても使われていたということです。

 現在では、その下流はほとんどが埋め立てられ、世田谷区内を通る約950mの区間も上部が緑の散歩道として生まれ変わっています。

 玉川上水は、多摩川の羽村堰で取水し、四谷大木戸までは開渠で、四谷大木戸から江戸市中へは石樋・木樋といった水道管を地下に埋設して通水した。

 水番所には、水番人一名が置かれ、水門を調節して水量を管理したほか、ゴミの除去を行い水質を保持した。当時、水番所構内には高札が立っていた。

12:10 松原交差点 
右は水道道路で吉祥寺方面へと延びる。
12:13 井の頭線・明大前駅を通過。大学生が大勢、甲州街道を横断している。
12:25 下高井戸駅前 
この付近には見るべきものが何もない、ひたすら歩くだけ。
12:35 バス停「一里塚」
12:47 京王線・上北沢駅入り口
甲州街道一里塚跡
この付近で「日本橋から16km」
【甲州道中一里塚跡】
 
江戸時代、五街道のひとつであった甲州道中(街道)は、江戸日本橋を起点として、内藤新宿、高井戸、府中、八王子、甲府を経て上諏訪に至り、次の下諏訪で中山道に合するようになっていました。
 
この街道を利用した諸大名は、信州高嶋藩、同高遠藩、同飯田藩の3藩でした。また甲府には、江戸幕府の甲府勤番がおり、幕府所役人の往来もありました。
 この場所の前方、高速道路(高架)下に、日本橋から数えて四里目(約16キロメートル)を示す「一里塚」がありました。当時の旅人はこの「一里塚」を見て、道程を知り、駄賃などの支払いをしました。
 
当時の五間(約9メートル)四方、高さ一条(約3メートル)を基準として土を盛り上げて築き、榎が植えてありました。       昭和54年2月14日
13:00 上高井戸1丁目 ここで環状8号線を越す。
間もなく、国道20号線と旧甲州街道に分かれる。
13:13 京王線・芦花公園駅前
13:25 千歳烏山駅前寺町通りが伸びている。
昼食にラーメンを食べる。ウー、ウマイ!こんな美味いラーメンがこの世にあったのか!
13:57 仙川三叉路 国道20号線と合流
14:05 昌翁寺
14:10 キューピーマヨネーズ・仙川工場
 <馬宿川口屋>
瀧坂(甲州街道旧道)を進む。多少この付近で昔の面影をしのぶ事ができる。直ぐに20号線と合流する。
14:20 瀧坂下(つつじヶ丘駅入り口)。直ぐに国道20号線と合流する。この付近で里心が出る。
14:25 京王線・つつじヶ丘駅入口交差点
14:27 厳島神社参道
14:35 京王線・柴崎駅入り口
14:40 馬橋(野川) 調布警察署前
14:45 旧甲州街道入り口
15:05 京王線・調布駅北口
今日の目標である。時間も早く、ここから更に府中まで頑張ることにする。ファイトーッ!
15:18 常演寺
15:25 源正禅寺
15:27 京王線・西調布駅
15:30 西光寺
西光寺門前にある<近藤勇の坐像>
なかなか威厳のある、すばらしい坐像である。
東海道では至る所で見られた「常夜燈」を久しぶりに発見。
15:38 あじのもとスタジアム横
15:40 京王線・飛田給駅入り口、薬師堂
16:05 白糸台踏切(西部鉄道)染屋不動尊
16:15 常久八幡神社
<美味しそうな大きなカリンを売っている> <常久八幡神社入り口>
16:25 京王線・東府中駅
16:45 大国魂神社 
境内には何軒かの出店がある。参拝客も大勢出入りしている。
奉祝天皇陛下 即位20年、成婚50年」の横断幕
今日の歩行はここまでとする。この時間、すでにうす暗い。
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