![]() |
![]() |
|
||||
| 第2日目 |
|
|
| 月 日; | 2009年11月28日(土)、晴れ |
| 区 間; | 府中ー日野宿ー八王子ー高尾 |
| 時 間; | 6時間10分 |
| 費 用; | 1、530円 |
|
(内訳)つつじヶ丘=府中170円、高尾=つつじヶ丘330円、マック710円、お茶120円、本陣見学料200円 |
|
| 歩 数; | 35,100歩、約13.8km |
|
|
| 07:45 | 京王線・府中駅 | ||||||
| 07:45 |
大国魂神社(=前回の終着点、今回の出発点) |
||||||
|
|||||||
| 07:55 |
時宗称名寺 |
||||||
|
|||||||
| 08:00 | 府中市役所前 |
||||||
|
【鹿島坂】 |
|||||||
|
|||||||
| 08:10 | 高安寺 昔はたいそう賑わったに違いない。 |
||||||
|
|||||||
| 08:20 | 京王線踏切 | ||||||
| 08:28 | 内藤家本陣の門 | ||||||
|
|||||||
| 08:30 | 本宿町交差点 国道20号線と合流 |
||||||
| 【棒屋の坂】 坂名の由来は、坂を下りきった所の家が通称「棒屋」と呼ばれたためといわれています。 この道は、徳川家康が江戸幕府を開いてから開設された甲州街道です。江戸幕府にとっては軍事的・経済的に重要な街道でしたが、府中にとっても一宿場として往古の繁栄を取り戻す役割を果たした道です。この街道が開設される以前の甲州方面への道は、もっと南よりの狭いハケ道で、今でも所どころに残っており、往時の面影を伝えています。 昭和60年3月 府中市 |
|||||||
| 08:35 |
本宿交番前交差点 |
||||||
|
|||||||
| 08:40 |
熊野神社 |
||||||
| 08:47 |
旧甲州街道とJR南武線が交差する。 |
||||||
|
|||||||
| 08:52 | 国立市に入る | ||||||
| 09:00 |
谷保 |
||||||
|
|||||||
| 09:05 |
常夜燈(秋葉燈)上の写真 |
||||||
| 【由来書】 甲州街道は往古水田地帯を通過していた。 その古街道が廃され現在の街道と家並みが出来たのは17世紀中ば、慶安から寛文の頃であった。しかし台地は水に乏しく人々は度重なる火災に苦しんだと言う。 ついに本宿村では「講」を作り遠江の秋葉神社で「火伏せ」の祈祷をなし、寛政4年、1792、この地に常夜燈を設けた。 村内に「番帖」講中の氏名を列記した木板を廻し、毎夕刻受領者は必ずこの燈篭に火を点して無事を祈り隣へと引き継いだ。爾来、1世紀半に亘り村人の祈りは続けられたが太平洋戦争末期、灯火管制が強化されて廃止となった。 このたび都道新設などにより旧地隣接の場所に移転したものである。 平成2年2月 |
|||||||
|
|||||||
| 09:10 |
谷保天満宮 |
||||||
| 09:20 | 潤澤学舎跡 | ||||||
|
|||||||
| 09:30 | 南養寺 街道から100m以上も参道が続いている。昔は相当に立派だったに違いない。 元上谷保村の常夜燈がある。相当に古い。 矢川駅入口交差点 |
||||||
| 09:45 | 元青柳村の常夜燈 東海道には至る所に残っていた常夜燈。甲州街道では少ない。 |
||||||
|
|||||||
| 09:55 | 立川市に入る | ||||||
| 10:00 | 日野交差点 | ||||||
| 10:15 | 日野の渡し碑 | ||||||
|
|||||||
| 10:20 | 多摩川の立川と日野市に架かる立日橋(「タッピバシ」とわざわざ振り仮名が書いてある) 頭上にはモノレールが通っている。 多摩川には大勢の釣り人、川中央には大きな鯉が泳いでいるのが見える。 |
||||||
| 10:45 | 日野宿本陣跡 見学料 200円 甲州街道には3軒しか残らない本陣跡。日野本陣跡の入口に置かれた菊(下の写真) |
||||||
|
|||||||
| 11:00 | 八坂神社 | ||||||
|
|||||||
| 11:05 |
日野駅前東 |
||||||
| 11:20 |
日野駅前、ここで今日始めての休憩とする。 |
||||||
| 12:05 |
日野自動車の工場の前を歩く |
||||||
| 12:20 | コニカミノルタ工場前 この付近の甲州街道沿いに大きな工場が他にも多く、この付近ではただひたすら前進するだけ。 ファイトッー! |
||||||
|
|||||||
| 12:25 |
八王子市にはいる。 |
||||||
| 12:30 | 20号線と合流して再び車の往来が激しい。 | ||||||
| 12:55 | 浅川 | ||||||
| 13:00 | 大和田橋南詰交差点 ここで旧甲州街道は右折する |
||||||
| 13:10 | 新町竹の鼻の一里塚跡 | ||||||
| 【新町竹の鼻の一里塚】 一里塚は、慶長9年(1604)に日本橋を起点として一里(約4キロメートル)ごとに塚を築き、榎を植えた場所です。旅人の距離の目安となったり、木陰が憩いの場になっていたともいわれています。 ここ、新町の一里塚は甲州道中八王子宿の東の入口に位置し、江戸から12里にあたります。 明治30年(1897)の八王子大火で焼かれるまでは、大榎が涼しい木陰を作り、往時をしのばせていたようですが、現在は付近で鍵の手に曲がる道筋が、昔の面影をわずかに残しています。 平成21年3月1日 八王子市教育委員会 |
|||||||
|
|||||||
| 13:20 | 市守神社 この付近からひたすら黙々と街道を進む |
||||||
|
【市守神社】 |
|||||||
| 13:55 | 追分
ここは道路が「X」になっている。風が強くなってきた。 右に行くと陣場高原、何処もイチョウの落ち葉だらけ。清掃車が次々にやってくる。 |
||||||
|
|||||||
| 14:30 |
高尾警察署前 |
||||||
| 14:40 |
多摩御陵西 |
||||||
| 14:40 | 町田街道入口交差点 高尾の山が近くなった。 |
||||||
| 14:55 |
高尾駅前 |
||||||
|
|||||||